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東京地方裁判所 昭和53年(行ウ)163号 判決

原告 潮田喜一 外三名

被告 東京都知事

主文

一  本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた判決

一  原告ら

1  (主位的請求)

被告が昭和三五年八月二日になした別紙物件目録記載の土地の境界確定は無効であることを確認する。

(予備的請求)

被告が昭和三五年八月二日になした別紙物件目録記載の土地の境界確定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨

第二当事者の主張

一  原告らの請求原因

1  原告らは、大正一四年から、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を共有している。

2  被告は、昭和三五年八月二日、本件土地と、これに隣接する一級河川海老取川の河川敷との境界を確定した(以下「本件境界確定」という。)。

3  しかしながら、本件境界確定は、本件土地の内部に食い込んで境界線を設定し、かつ、本件土地の共有者である原告らとの協議を欠くという瑕疵を有し、無効である。

すなわち、昭和三五年ころ、本件土地の一部が河川敷ではないかとの疑問が被告から出されたため、原告潮田金吾が東京都財務局用地部測量課に問い合わせたところ、境界確定の申請をするよう勧められ、同原告は被告に対し境界確定の申請を行つた。ところが、右測量課の係員は、同年八月二日、他の原告はもとより原告潮田金吾に対しても何の連絡もしないで本件土地に来て、原告らの立会を欠いたまま一方的に測量を行い、原告潮田金吾の妻から同原告の印章を借り、同原告名義の境界確定承諾書に押捺した。このようにしてなされたのが本件境界確定であるが、原告らがこれを事後に知つて右測量課の青木課長に抗議したところ、青木課長は、同月中旬ころ、本件境界確定が無効であることを認め、これを取り消すことを約束した。以上のように、本件境界確定は、原告らとの協議を欠いたままなされたものであり、しかも本件土地の内部に食い込んで境界線を設定したもので無効というべきであるから、原告らはその無効確認を求める。

4  仮に、3で述べた瑕疵が無効事由に該当しないとしても、取消事由には該当するものというべきであり、また、青木測量課長は本件境界確定の取消しを約束していたものであるから、原告らは予備的に本件境界確定の取消しを求める。

二  被告の本案前の主張

1  本件境界確定は、抗告訴訟の対象となる行政処分には該当しないから、その無効確認を求める訴え(以下「本件無効確認の訴え」という。)及び取消しを求める訴え(以下「本件取消しの訴え」という。)は、いずれも不適法であり、却下されるべきである。

(一) 原告潮田金吾は、昭和三五年五月二〇日、東京都財務局用地部測量課に対し、その所有する本件土地(但し、当時は羽田六丁目三〇番一及び同所同番九と表示されていた。)とこれに隣接する一級河川海老取川の河川敷との境界確定を申し入れた。右河川敷は国有財産であるところ、国有財産法三一条の三ないし五所定の境界確定を含むその管理権限は、国から被告に委任されているものである。原告潮田金吾からの申入れを受けた被告所部の右測量課では、同年八月二日、国有財産法三一条の三の規定に基づき、現地に赴いて同原告と右境界確定のための協議を行い、両者間の協議がととのつたことにより成立したのが本件境界確定であり、同原告は、本件境界確定による境界を異議なく承諾する旨の承諾書に捺印しているのである。

(二) ところで、国有財産法は、国有財産と隣接民有地との境界確定について、協議手続及び決定手続の二つの方法を定めており、このうち協議手続については、「各省各庁の長は、その所管に属する国有財産の境界が明らかでないためその管理に支障がある場合には、隣接地の所有者に対し、立会場所、期日その他必要な事項を通知して、境界を確定するための協議を求めることができ」、「協議がととのつた場合には、各省各庁の長及び隣接地の所有者は、書面により、確定された境界を明らかにしなければならない」と定めている(同法三一条の三)。また、決定手続については、各省各庁の長は、右の協議を求めた隣接地の所有者が立ち会わないため協議することができないとき(隣接地の所有者が正当な理由により立ち会うことができない場合において、その旨あらかじめ各省各庁の長に通知したときを除く。)は、当該隣接地の所在する市町村の職員の立会を求め、境界を定めるための調査を行い、当該境界の存する地域を管轄する財務局に置かれた地方審議会に諮問したうえ、境界を定めることができ、境界を定めた場合には、当該境界及びこれを定めた経緯を当該隣接地の所有者及び当該隣接地の知れたその他の権利者に通知するとともにこれを公告するものとし、当該隣接地の所有者及びその他の権利者が右公告のあつた日から六〇日以内に理由を付して各省各庁の長に対し不同意の通告をしたときは、各省各庁の長の定めた境界は確定せずに決定手続が終了し、右所有者及びその他の権利者から右期間内に不同意の通告がなかつたときは、右期間満了の時に右所有者の同意があつたものとみなされ、各省各庁の長の定めた境界が確定する旨規定している(同法三一条の四及び五)。

(三) 右のような国有財産法の規定の仕方からすれば、同法による境界確定は、国と隣接地所有者との契約であると解すべきである。

すなわち、国有財産法三一条の三の協議手続の規定をみると、国有財産を所管する各省各庁の長と隣接地の所有者との間で協議がととのえば、両土地の境界が確定するとしており、その実質的要件は各省各庁の長と隣接地の所有者との合意だけであり、この協議手続は、境界についての契約を取りつける手続とみるのが自然である。

また、国有財産法三一条の四及び五の決定手続に関する規定は、各省各庁の長が境界を定めてこれを隣接地の所有者及びその他の権利者に通知するとしているものの、その中の一人でも所定の期間内に不同意の通告をすれば、右境界は確定しないものとし、右不同意の通告がなかつた場合にのみ、所有者の同意があつたものとみなし、各省各庁の長の定めた境界が確定するとしているのである。このように、明示の意思表示が存しない場合に意思表示を擬制する規定は、民法一九条及び一一四条、借地法四条一項等にみるごとく私法上にも存する。したがつて、各省各庁の長の境界決定通知及びこれに対する隣接地所有者の同意の擬制を、それぞれ契約の申込み及びこれに対する承諾とみることができ、決定手続による境界確定もこれを契約として把握することができるのである。

更に、境界確定手続は、国有財産のすべてを対象とするものであるところ、国有財産には行政財産と普通財産が含まれ、普通財産は、国が私人と同じ立場で所有管理しているものであるから、その境界を定める手続は、私人間で行われるものと同じく契約手続といわざるを得ない。したがつて、国有財産にこのような普通財産が含まれる以上、国有財産のすべてについて行われる境界確定手続もまた契約手続と解すべきである。

(四) ちなみに、旧国有財産法(大正一〇年法律第四三号)の下における境界査定は、官民有地の境界を行政庁が一方的、強権的に決定する行政処分であつた。しかし、新憲法施行後、旧国有財産法の全面改正が行われ、右境界査定の制度は廃止されるに至つた。そして、新しく制定施行された現行の国有財産法には、当初、官民有地の境界を定める規定が置かれていなかつたため、しばらくの間、官民有地の境界を定める特別の手続を欠く状態が続いたが、昭和二六年に制定された国有林野法に、現在の境界確定手続とほぼ同内容の国有林野の境界確定手続が規定されるに至つた。この境界確定の性格については、国有林野法の提案理由説明において、「相手方の意思のいかんにかかわらず、一方的に境界確定をする以前の境界査定とは全く性格を異にする」旨の説明がなされている。この国有林野法の境界確定制度が昭和三二年の法律第一〇七号による国有財産法の一部改正により国有財産法に取り入れられ、ここに国有財産一般の境界確定制度が確立されるに至つたものである。なお、旧国有財産法では、「境界査定」という用語が使用され、実務上も定着していたにもかかわらず、現行の国有財産法では、「境界確定」という用語を新しく採用している。以上のような経緯及び新憲法のよつて立つ民主主義の原理にかんがみても、現行境界確定制度は、一方的強制的な決定を内容とする旧国有財産法の境界査定制度を全面的に排除し、新憲法の民主主義の精神にふさわしく、合意を基調として境界を確定するものとして設けられたものであり、右境界確定は、国と隣接地所有者との契約であることが明らかというべきである。

(五) そして、旧国有財産法における境界査定では、その効果として地番境と所有権の限界すなわち所有権境とが同時に確定されると解されていたが、現行の国有財産法の境界確定は、国有財産の管理に支障があるときに行われることになつているので(同法三一条の三第一項)、それによつて管理の支障が除去されることが現行境界確定制度の目的であるところ、管理の支障の除去のためには所有権境の確定が必要である。すなわち、地番境と所有権境とは常に一致しているとは限らず、両者が異なる場合を考えると、地番境の確定では国有地の管理の支障はほとんど除去されず、更に所有権確認の訴えで目的を達せざるを得ないこととなる。このようにみてくると、管理に支障があるというのは所有権の範囲が不明確である場合に考えられることであつて、そのような管理の支障を除去するためには、観念的な地番境を確定するのではなしに、実際に管理可能な、かつ、管理すべき所有権の範囲すなわち所有権境を確定する必要がある。したがつて、境界確定の法的効果は、所有権境を確定するものと解すべきである。境界確定によつて確定されるのが所有権境だとすると、所有権の範囲を定めることは、本来私的自治にまかされているものであるから、これを定める契約は私法上の契約ということになる。

(六) 以上述べたことから明らかなように、現行の国有財産法上の境界確定は、国有財産と隣接民有地との所有権境を確定する私法上の契約というべきである。

(七) 本件境界確定は、先に述べたとおり、国有財産法三一条の三の協議により成立したものであり、右の説明から明らかなように、本件土地と一級河川海老取川の河川敷との所有権境を確定する私法上の契約であつて抗告訴訟の対象となる行政処分ということはできない。したがつて、本件境界確定の無効確認又は取消しを求める本件無効確認の訴え及び本件取消しの訴えは、いずれもこの点において不適法であり、却下を免れない。

2  原告らは、本件境界確定の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができ、本件境界確定の無効確認を求める原告適格を有しないから、本件無効確認の訴えは不適法であり、却下されるべきである。

すなわち、抗告訴訟における無効等確認の訴えは、争いの対象となる処分又は裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができるものについては許されない(行政事件訴訟法三六条)。原告らは、本件境界確定が原告らの共有に係る本件土地の内部に食い込んで境界線を設定したとして、その無効確認を求めるものであるが、本件境界確定の無効を独立に確定しなくても、その無効を前提として、本件土地のうち本件境界確定により河川敷とされている部分(以下「本件係争地」という。)の所有権の確認を求める訴えにより、本件無効確認の訴えの目的を達することができるのである。しかも、本件無効確認の訴えによつて、仮に本件境界確定が無効であるとされても、その判決によつて本件係争地の所有権の帰属が確定するものではないから、本件紛争解決にとつて本件無効確認の訴えは無意味であり、そもそも確認の利益がないといわざるを得ない。したがつて、本件無効確認の訴えは、本件境界確定の効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができるものに該当することが明らかであるから、不適法として却下されるべきである。

3  本件取消しの訴えは、出訴期間を徒過した不適法な訴えであるから、却下されるべきである。

取消訴訟は、処分又は裁決のあつたことを知つた日から三か月以内に提起しなければならない。原告らは、昭和三五年八月中旬ころ青木測量課長に対し本件境界確定について抗議したと主張しているから、その時点では本件境界確定を知つていたことを自認しているものである。原告が本件取消しの訴えを提起したのは昭和五五年四月一日であるから、出訴期間の三か月を大幅に経過している。本件無効確認の訴えの提起日である昭和五三年一一月二〇日にさかのぼつたとしても、右三か月を大幅に経過していることには変わりはない。したがつて、本件取消しの訴えは、出訴期間を徒過した不適法な訴えというべきである。

三  原告らの反論

1  被告の本案前の主張1について、原告潮田金吾が昭和三五年五月二〇日東京都財務局用地部測量課に対し本件土地とこれに隣接する一級河川海老取川の河川敷との境界確定を申し入れたこと、右河川敷は国有財産であるところ、国有財産法所定の境界確定を含むその管理権限が国から被告に委任されていること、及び本件境界確定が同法三一条の三の規定を根拠とすることは認めるが、主張の趣旨は争う。本件境界確定は、抗告訴訟の対象となる行政処分である。

2  被告の本案前の主張2は争う。

原告らは、本件係争地を含む本件土地を、所有の意思をもつて平穏かつ公然と占有し、使用しているところ、国は、原告らが所有者として本件係争地を占有し、使用していることに対し、何らこれを阻害する行為も、否認する行為もなしていない。すなわち、国は、本件係争地が原告らの所有に属することを黙認しているのであり、原告らには、国を相手方に本件係争地の所有権確認を求める利益も必要性もないのである。ところが、原告潮田喜一の長男である潮田年久が原告らの承諾を得て本件土地上に建物を建築することを計画し、昭和五一年二月四日大田区建築主事に対し建築確認を申請したところ、本件境界確定により本件係争地が河川敷とされていることを理由に、建築確認を拒否された。したがつて、原告らの所有権の行使を阻害しているのは本件境界確定であり、原告らとしてはその無効確認を求めることが必要であり、かつ、それによつて目的を達することができるものである。

3  被告の本案前の主張3は争う。

原告らは、青木測量課長が前述のとおり本件境界確定を取り消す旨約束していたため、本件境界確定は既に取り消されているものと信じていたところ、前記の建築確認申請を契機として本件境界確定がまだ取り消されないでいることを知るに至つたものであるが、その時期は昭和五一年八月末である。そこで、原告らは、同年九月八日、東京都を相手方として、東京簡易裁判所に本件土地の所有権確認を求める旨の民事調停を申し立てたところ、右調停が昭和五三年一一月七日不調に終つたため、同月二〇日本件無効確認の訴えを提起したうえ、予備的に本件取消しの訴えを追加した。行政事件訴訟法一四条三項の規定によると、正当な理由があるときは、処分の日から一年を経過した後も、取消訴訟を提起できるところ、原告らは、本件境界確定を取り消す旨の被告の欺罔により、本件境界確定が既に取り消されたものと信じていたものであり、昭和五一年八月末に至りまだ取り消されていないことを知つて、直ちに東京都を相手方として民事調停を申し立てて誠実に交渉を重ね、それが不調に終わるや本訴に及んだものであるから、原告らには、本件境界確定の日から一年を経過した後にその取消しの訴えを提起することにつき正当な理由があるものというべきである。また、被告は、行政事件訴訟法一四条一項の規定により処分のあつたことを知つた日から三か月以内に取消訴訟を提起しなければならないと主張するが、右規定は、当事者間に紛争が生じ、行政庁が処分の取消しを拒否している場合には適用になつても、本件のように、行政庁が処分の取消しを約束し、その約束に基づき取消訴訟を提起する場合には適用されない。したがつて、本件取消しの訴えが出訴期間の徒過により不適法であるとの被告の主張は失当である。

四  被告の再反論

1  原告らは、本件境界確定のあつたことを昭和三五年八月中旬ころ知つたものであるが、仮に、その主張するとおり、青木測量課長の本件境界確定を取り消す旨の約束により本件境界確定が既に取り消されたものと信じていたため、行政事件訴訟法一四条一項の出訴期間を遵守し得なかつたものであり、そのことが「その責に帰すべからざる事由に因り不変期間を遵守すること能はざりし場合」に該当するとしても、不変期間経過後の訴訟行為の追完が許されるのは、責に帰すべからざる事由のやみたる後一週間内に限られる(行政事件訴訟法七条及び民事訴訟法一五九条)。原告らは、昭和五一年八月末に本件境界確定がまだ取り消されていないことを知つたと主張しているから、本件取消しの訴えは、その一週間以内に提起しなければならない。しかし、原告らが本件取消しの訴えを提起したのは昭和五五年四月一日であるから、右一週間を大幅に経過している。本件無効確認の訴えの提起日である昭和五三年一一月二〇日にさかのぼつたとしても、右一週間を大幅に経過していることには変わりはない。したがつて、本件取消しの訴えは、いずれにしても出訴期間を徒過した不適法な訴えとして、却下を免れないのである。

2  原告らは、出訴期間の経過につき、行政事件訴訟法一四条三項但書の正当な理由が存すると主張する。しかし、右但書の規定は、処分又は裁決の日から出訴期間が計算される場合にのみ適用があるのであつて、同条一項の処分又は裁決のあつたことを知つた日から出訴期間が計算される場合には適用されない。原告らは、昭和三五年八月中旬ころ本件境界確定を知つたものの、青木測量課長が本件境界確定の取消しを約束したため、出訴期間を遵守し得なかつたと主張するものであるから、同条一項の問題として処理されるべきであつて、同条三項但書の規定を根拠とする原告らの右主張は失当である。

3  仮に、本件取消しの訴えが行政事件訴訟法一四条三項により処理されるべきものとしても、原告らの主張は失当であることを免れない。すなわち、同項但書の正当理由は、出訴できなかつたことのほか、出訴の障害解消後「遅滞なく」訴えが提起されたかどうかの点をも含めて決すべきであるところ、右「遅滞なく」とは、民事訴訟法一五九条の規定を類推し、出訴の障害解消後一週間以内と解すべきである。そうだとすると、原告らは、本件境界確定が取り消されずにいることを知つたと主張する昭和五一年八月末から一週間以内に本件取消しの訴えを提起していないから、本件取消しの訴えが出訴期間を徒過した不適法な訴えであることに変わりはない。

なお、原告らは、昭和五一年八月末に本件境界確定が取り消されずに存在することを知り、同年九月八日に民事調停を申し立て、右調停が昭和五三年一一月七日不調に終つたため、同月二〇日本件無効確認の訴えを提起したうえ、本件取消しの訴えを予備的に追加したものであるから、本件取消しの訴えは適法であると主張するが、そもそも調停申立ては取消訴訟における出訴期間の経過に何らの影響も及ぼすものではないし、昭和五一年九月八日の調停の申立ての趣旨は、本件土地のうち三〇番一の土地が原告らの所有に属することの確認を求めるものにすぎず、本件境界確定の測量がその手続上効力を有しないことを確認する旨の趣旨が追加されたのは、昭和五二年三月七日であつて、原告らが本件境界確定の存在を知つてから六か月以上経過した後のことであるから、右調停の申立ては、行政事件訴訟法一四条三項但書の正当理由たり得ないことが明らかである。

第三証拠〈省略〉

理由

一  原告潮田金吾が昭和三五年五月二〇日東京都財務局用地部測量課に対し本件土地とこれに隣接する一級河川海老取川の河川敷との境界確定を申し入れたこと、右河川敷は国有財産であるところ、国有財産法三一条の三ないし五所定の境界確定を含むその管理権限が国から被告に委任されていること、及び同法三一条の三の規定に基づき本件土地と右河川敷との境界を定める本件境界確定が同年八月二日になされたことについては、当事者間に争いがない。

原告らは、本件境界確定は被告の行政処分であるところ、本件土地の内部に食い込んで境界線を設定し、かつ、本件土地の共有者である原告らとの協議を欠くという瑕疵を有するから無効であり、少なくとも取り消されるべきであると主張する。

二  そこで、本件境界確定が抗告訴訟において無効確認又は取消しを求むべき対象となる「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(行政事件訴訟法三条)であるか否かについて判断する。

本件境界確定は、国有財産法三一条の三の規定に基づき、国有地である河川敷と民有地である本件土地の境界を確定させるためなされたものであるが、同条一項は、「各省各庁の長は、その所管に属する国有財産の境界が明らかでないためその管理に支障がある場合には、隣接地の所有者に対し、立会場所、期日その他必要な事項を通知して、境界を確定するための協議を求めることができる。」と規定しており、各省各庁の長がその所管する国有地と隣接地との間の境界が明らかでないため当該国有地の適正な管理を行えない場合に、隣接地所有者との協議によつて右境界を確定できるものとし、隣接地所有者に対し一定の立会場所、期日等を通知し、右境界の存すると思われる現場等に臨んで右協議に応じるよう求めることができることを明らかにしている。同条二項は、「前項の規定により協議を求められた隣接地の所有者は、やむを得ない場合を除き、同項の通知に従い、その場所に立ち会つて境界の確定につき協議しなければならない。」と規定しており、右協議を求められた隣接地所有者は、やむを得ない場合を除き、通知に従つて立ち会い、境界確定について協議する公法上の義務を負うことを明らかにしている(但し、隣接地所有者が右の協議に応じる義務に違反した場合の直接の制裁に関する規定は存しない。)。同条三項は、「第一項の協議がととのつた場合には、各省各庁の長及び隣接地の所有者は、書面により、確定された境界を明らかにしなければならない。」と規定しており、各省各庁の長と隣接地所有者との間において協議がととのえば、その協議結果に従い境界が確定することを当然の前提として、協議によつて確定した境界に関し後日紛争が生じないよう右境界を書面により明らかにすべきことを定めている。そして、同条四項は、「第一項の協議がととのわない場合には、境界を確定するためにいかなる行政上の処分も行われてはならない。」と規定しており、隣接地所有者が期日に立ち会つて協議に応じたものの、協議がととのわなかつた場合には、境界が確定しないまま手続が終了し、各省各庁の長においてそれ以上に境界を確定させるための行政上の手続を進めることができないことを明らかにしている。なお、各省各庁の長が隣接地所有者に対し協議を求めたにもかかわらず、隣接地所有者が期日に立ち合わない場合には、各省各庁の長において同法三一条の四の規定に基づき境界を定めることができるが、この場合も、隣接地の所有者等が同法三一条の五の規定に基づき右境界につき不同意の通告をすれば、境界は確定せずに手続が終了するのである。

以上の説明から明らかなように、国有財産法三一条の三の境界確定に関しては、行政庁に何らの優越的地位も認められておらず、行政庁は隣接地所有者に対し境界確定のため協議に応じるよう求め得るにとどまり、隣接地所有者が行政庁と境界につき合意するか否かは隣接地所有者の全くの自由意思に委ねられており、右合意が得られない場合には、手続は終了し、行政庁において一方的に境界を定めることができないのはもとより、それ以上に何らかの行政上の手続を進めることもできないのである。換言すれば、同条の境界確定は、各省各庁の長と隣接地所有者とが対等の立場で境界を協議し、両者が合意に達した場合に成立するもので、その性質は財産所有者としての国と隣接地所有者との契約と解すべきである。ところで、地番と地番との境界は、行政作用により定められる公法上のものであつて、隣接する土地所有者間の合意で確定又は変更し得るという性格のものではないから、両者の合意を要件とする同条の境界確定は、地番と地番との境界を定めるものではなく、国有地とその隣接地との所有権の範囲を確定するものであることが明らかである。したがつて、同条の境界確定は、財産所有者としての国と隣接地所有者との間において国有地とその隣接地との所有権の範囲を定める契約というべきである。

そうだとすれば、国有財産法三一条の三の境界確定は、「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」ということができず、同条を根拠とする本件境界確定も、これを抗告訴訟の対象とすることができないのであつて、その無効確認又は取消しを求める本件無効確認の訴え及び本件取消しの訴えは、この点においていずれも不適法といわなければならない。原告らにおいて、本件境界確定が無効であるとして、本件係争地の所有権を主張し、あるいは本件土地の境界確定を求めるのであれば、所有権確認の訴え、あるいは境界確定の訴えを提起すべきものである。

三  よつて、本件無効確認の訴え及び本件取消しの訴えをいずれも不適法として却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条並びに民事訴訟法八九条及び九三条一項本文の規定を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤繁 泉徳治 岡光民雄)

物件目録〈省略〉

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